新規の大型案件が決まった。社内は沸き、上司の覚えもめでたい。納期を急ぐ相手に応えようと、与信の確認は「たぶん大丈夫だろう」と後回しにして納品を進める。そして3ヶ月後、入金がない。督促の電話はつながらず、訪ねた先の事務所はもぬけの殻——。営業なら誰もが一度は聞いたことのある、そして明日は我が身の悪夢である。
結論から言う。契約前に、営業自身が公開情報を確認する一次スクリーニングを型として持てば、危ない案件の多くは早い段階で立ち止まれる。そしてこの下調べは、AIを使えば1社あたり30分とかからない。帝国データバンクや東京商工リサーチといった調査会社による正式な信用調査の代わりにはならないが、どの案件を正式調査へ回すべきかを見抜くふるいとしては十分に機能する。
この記事では、営業が与信を気にすべき理由、正式な信用調査との役割分担、公開情報で見るべき6つの観点、そのままコピペで使えるプロンプト、そして誤認を防ぐための注意点までを一気に示す。読み終えれば、受注の高揚感に流されず、自分の案件を自分で守る型が手に入るはずだ。
なぜ営業が与信を気にする必要があるのか?
理由は明快で、未回収の損失は利益では簡単に取り返せないからだ。
簡単な算数をしよう。粗利率20%の会社で、100万円の売掛金が焦げ付いたとする。この損失を利益で埋め直すには、100万円÷粗利率20%で500万円の新規売上が必要になる。100万円の案件なら5本ぶんだ。チームが数ヶ月かけて積み上げる数字が、たった1件の貸し倒れで音もなく消える。値引きや失注は次の商談で取り返せるが、未回収はそうはいかない。しかも督促や法的手続きに割かれる時間と気力は、この計算にすら入っていない。
「与信は管理部門の仕事だろう」という声もあるはずだ。半分は正しい。取引の可否や与信限度額を決めるのは、与信管理部門や決裁者の役割である。だが、相手と最初に接触し、商談の空気を肌で知っているのは営業だけだ。不自然に納期を急がせる。金額の割に価格交渉をしてこない。決裁者や実務の担当者がいつまで経っても出てこない。こうした現場の違和感と、公開情報に表れる異変を突き合わせられるのは、営業というポジションをおいて他にない。
つまり営業が一次チェックを持つ意味は、審査の肩代わりではなく傷が浅いうちに異変へ気づき、正式な調査へ早く回すことにある。兆候に気づくのが契約前か納品後かで、傷の深さは桁で変わる。
正式な信用調査と一次スクリーニングは何が違うのか?
先に釘を刺しておく。この記事で扱うAIの下調べは、調査会社や与信管理部門が行う正式な信用調査の代替にはならないという前提だ。両者は競合する関係ではなく、直列につながる別の工程である。
| 観点 | 正式な信用調査 | 一次スクリーニング(本記事の範囲) |
|---|---|---|
| 担い手 | 帝国データバンク・東京商工リサーチ等の調査会社、社内の与信管理部門 | 営業担当者自身 |
| 情報源 | 調査員の取材、企業データベース、決算書、取引照会など | 誰でも見られる公開情報(登記・公告・ニュース・Web) |
| わかること | 評点、支払能力、業績推移、取引銀行など踏み込んだ信用情報 | 法人の実在性と、表に出ている異変・不審な兆候 |
| 位置づけ | 与信判断の根拠。取引可否と与信限度額を決める材料 | 正式調査の前段。危ない案件を早期に見つけるふるい |
正式な信用調査は深いが、費用と時間がかかる。調査会社のレポートを取得し、審査部門が判断を下すまで数日から数週間を要することもある。見込み客の全社に最初からかけられるものではない。
一方の一次スクリーニングは、浅いが速くて安い。対象が公開情報に限られるぶん精度には限界があるものの、「この会社、何か引っかかる」という兆候を商談の早い段階で拾える。怪しければ正式調査へ回し、問題がなければ商談を前へ進める。この振り分けを営業の手元でできるようになることが、一次スクリーニングの価値である。
公開情報でチェックする6つの観点とは?
一次スクリーニングで見るのは次の6つだ。どれも特別な権限は要らず、誰でも確認できる。
| # | 観点 | 主に見るポイント | どこで確認するか |
|---|---|---|---|
| 1 | 登記情報 | 法人が実在するか、設立年、本店移転や役員変更の頻度 | 国税庁の法人番号公表サイト(無料)、法務局・登記情報提供サービス(有料) |
| 2 | 決算公告・財務の公開情報 | 決算公告の有無、公開されている業績 | 官報の決算公告、上場企業なら金融庁のEDINETや自社サイトのIRページ |
| 3 | ニュース・行政処分 | 業務停止命令や行政指導、許認可の取消しの有無 | ニュース検索、監督官庁の処分公表ページ |
| 4 | 訴訟・トラブルの報道 | 取引先との紛争、未払いをめぐる訴訟の報道 | ニュース検索、業界紙のアーカイブ |
| 5 | 支払い遅延の評判 | 支払いが遅い、直前に条件変更を迫るといった評判 | 業界内の口コミ、取引経験者の声(参考情報として扱う) |
| 6 | 所在地・Webサイトの実在性 | 登記住所と事業実態の整合、サイトの更新状況、ドメインの取得時期 | 地図とストリートビュー、ドメイン取得時期を調べられるWhois検索、会社サイトの実物 |
読み方のコツを補足する。兆候は単体ではなく重なりで評価するのが鉄則だ。設立から日の浅い会社からの不釣り合いな大口注文。短期間に繰り返される本店移転や役員交代。どこを探しても見当たらない決算公告。サイトは立派なのにドメインの取得はつい最近。ひとつずつなら正当な事情もありうるが、複数が重なったら、商談を一度止めてでも確かめる価値がある。
なお、登記住所がレンタルオフィスやバーチャルオフィス(住所貸しのサービス)であること自体は合法で、小規模な会社では珍しくもない。ただし高額の掛け取引の相手としては、事業の実態がどこにあるかを確かめる理由にはなる。決めつけの材料ではなく、確認の優先度を上げる材料として使う。
この6観点を毎回手作業で検索して回ると、1社あたり小一時間はかかる。忙しい月末には確実に形骸化する。そこでAIに任せる。
AIで下調べする手順とプロンプトは?
手順は4つだ。
- 見積書・名刺・メール署名・相手のサイトから、正式な企業名、所在地、わかれば法人番号やサイトURLを控える
- 下のプロンプトに差し込み、AIに6観点の下調べと整理をさせる
- 出力された懸念フラグを、登記や公告などの一次情報で裏取りする
- 懸念が残れば、上司と与信管理部門に相談して正式調査へつなぐ
要領は商談準備の企業リサーチと変わらない。リサーチの基本形は商談前のAIリサーチの型で解説しているので、併せて手元の武器にしてほしい。
使うのはWeb検索機能を持つAI(ChatGPTやGemini、Copilotなど)だ。検索を使わない素のAIに聞くと、古い情報や作り話が混ざる危険が跳ね上がる。まずは6観点を一気に整理させるプロンプトから使う。
あなたはB2B取引のリスク管理に詳しいリサーチアシスタントだ。
新規取引先の候補について、公開情報をもとに一次スクリーニングの下調べをしてほしい。
Web検索を使い、必ず出典を示すこと。
# 対象企業
- 企業名: 〔例: 株式会社◯◯商事〕
- 所在地: 〔例: 東京都◯◯区◯◯1-2-3(わかる範囲で番地まで)〕
- わかっている情報: 〔例: 法人番号、サイトURL、代表者名など〕
# 調べてほしい観点
1. 登記情報(法人の実在、設立年、本店移転や役員変更の頻度)
2. 決算公告や財務に関する公開情報
3. ニュース・行政処分の有無
4. 訴訟・トラブルに関する報道
5. 支払い遅延など取引にまつわる評判
6. 所在地とWebサイトの実在性(登記住所と事業実態の整合、ドメインの取得時期)
# 出力形式
- 観点ごとに「確認できたこと」「確認できなかったこと」を分けて整理する
- 気になる点は【懸念フラグ】として、そう判断した理由つきで列挙する
- 同名・類似名の別会社と混同している可能性があれば、必ずその旨を明記する
- 各情報に出典(サイト名とURL)を添える
- 最後に「人間が一次情報で追加確認すべきこと」をリストで示す
見つからない情報は「不明」と書き、推測で埋めないこと。
コツは事実と推測をAIに分けて書かせることだ。出力形式を指定しないと、AIは検索で拾った事実と自身の推測を、滑らかな文章に混ぜ込んでくる。不明は不明と書けと命じるだけで、出力の信頼性は目に見えて変わる。
大口案件や、どうも引っかかる案件では、もう一段深く調べたい。ChatGPTなどに搭載されているDeep Research(ディープリサーチ)機能を使うと、AIが数分から数十分かけてWebを横断的に検索し、出典つきの長文レポートにまとめてくれる。通常のチャットより調査の網羅性が段違いに上がるため、金額の大きい取引の下調べに向いている。使いどころと指示の書き方はDeep Researchの営業活用で詳しく解説した。
下調べで懸念が見つかったら、抱え込まずに社内へ相談する。そのときは次のプロンプトで相談メモを整えると、与信管理部門との話が早い。
以下の一次スクリーニング結果をもとに、社内の与信管理部門へ相談するためのメモを作ってほしい。
# 入力
- 案件の概要: 〔例: 新規・株式会社◯◯商事/初回取引額300万円/支払サイト60日〕
- 下調べの結果: 〔例: 先ほどの出力をそのまま貼り付け〕
- 営業として気になっている点: 〔例: 納期を不自然に急かされている〕
# 出力形式
- 案件サマリー(3行以内)
- 公開情報で確認できた事実(出典つき)
- 懸念点と、その根拠
- 与信管理部門に確認・依頼したいこと
事実と推測を分け、推測には必ず「推測」と明記すること。
絶対に守るべき注意点は?
AIで下調べの効率は劇的に上がる。だが使い方を誤れば、効率化どころかリスクの発生源になる。次の4つは必ず守ってほしい。
同名・類似名の会社と混同しない
ありふれた社名は、全国に同名・類似名の法人がいくつも存在する。AIは別会社の情報を平然と混ぜてくる。悪い評判が実は別会社のものだったら相手への濡れ衣になり、逆に問題のある会社を白と誤認したら本末転倒だ。評価を始める前に、必ず法人番号と登記住所を突き合わせて、同じ会社の情報かどうかを確かめる。
AIの出力は一次情報で裏取りする
AIは、もっともらしい誤りを自信満々の顔で書く。存在しない行政処分、古い住所、事実と異なる設立年。文章の形が整っているほど信じたくなるが、契約の可否に関わる情報こそ、登記・官報・監督官庁の公表資料といった一次情報にあたって確認する。AIが集めた情報をどう裏取りするかはAI調査の裏取りの注意点でも詳しく書いたので、そちらも読んでほしい。
AIの出力をそのまま与信稟議に使わない
与信の稟議や審査は、調査会社のレポートや決算書といった確かな資料に基づいて行うのが原則だ。AIの出力を貼り付けただけの稟議は、審査の体をなしていない。AIの下調べはあくまで営業の気づきを整理するための道具であり、判断の根拠は常に一次情報と正式調査に置く。先ほどの相談メモも、与信管理部門との会話を早く始めるための入口と心得る。
反社チェックは会社の正式手続きに従う
反社会的勢力との取引排除には、契約書の条項や社内規程で定められた正式な手続きがあるはずだ。専用のデータベースや外部のチェックサービスを使っている会社も多い。AIで検索して何も出てこなかったからOK、という済ませ方は絶対にしてはならない。ここは効率化の対象外である。
Next Action:今日やる3つ
- 進行中の新規案件から1社選び、6つの観点の表に沿って公開情報を15分だけ確認してみる
- 最初のプロンプトに企業名と所在地を差し込んで実行し、懸念フラグが出るかどうか試す
- 自社の与信ルールを確認する。誰に・どの段階で相談するのか、調査会社のレポートは誰がどう取るのかを把握しておく
受注の喜びは、入金されて初めて完結する。売る力と同じだけ、危うい案件の手前で立ち止まる力が、あなたの数字とチームの利益を守ってくれる。


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