営業会議の前日、部長の画面にはExcelが3つ開いている。各担当の案件表を貼り合わせ、ピボットを組み直し、先月の数字と突き合わせる。当日はその集計を読み上げて確認するだけで30分が過ぎ、「で、来月どうする」という議論は残り10分に押し込まれる。会議のたびに集計し直しているなら、問題は集計の腕ではなく、集計を毎回やり直す仕組みそのものにある。
結論から言う。営業会議の数字は、会議のたびに作るものではなく、常に見えているものにするべきだ。それを実現するのがダッシュボードであり、Power BIなら無料のDesktop版で今日から作り始められる。BIツールは難しそうだという印象は、DAXやデータモデリングといった専門用語がつくるものだ。営業会議に必要な5つの指標を並べる程度なら、Excelを使える部長が90分あれば形になる。
この記事では、会議が集計で終わる理由、指標の絞り方、Power BIの無料版で足りる範囲、4ステップの作成手順、AIに設計と計算式を手伝わせるプロンプト2本を示す。読み終えれば、次の営業会議は「数字を確認する場」から「打ち手を決める場」に変わるはずだ。
なぜ営業会議は集計で終わるのか?
会議が集計で終わる原因は、参加者の意識でも司会の進め方でもない。数字が会議の直前に人力で作られている、という構造にある。
症状は3つ連鎖する。第一に、数字が人によって違う。担当の案件表とSFAと部長の集計表で商談件数が食い違い、冒頭が「どれが正しいのか」の確認に費やされる。第二に、数字が古い。前夜に固めた集計は、当日朝の受注や失注を反映していない。第三に、定義が揃っていない。「商談」に初回訪問前の見込みを含めるのか、「受注」は内示か契約書の受領かが人によって違い、意味のない比較が行われる。
3つとも、数字を毎回作り直すから起きる。集計は単純作業に見えて、実は「定義を決め、データを揃え、計算する」という設計行為だ。それを会議のたびに前夜に一人でやり直すのだから、精度も鮮度も安定しない。ダッシュボードの本質は、きれいなグラフではなく 定義とデータの置き場所と計算式を一度だけ固定し、誰が見ても同じ数字が自動で出る状態を作ること にある。それだけで会議の時間配分は、確認から議論へ逆転する。
営業ダッシュボードに載せるべき指標は何か?
載せる指標は、会議での判断に使うものだけに絞る。最初の一枚は5つ以内、多くても7つまでだ。指標が増えるほど、画面は「見て安心する場所」になり、「動くために見る場所」ではなくなる。
| 指標 | 定義の例 | 見る目的 | 主に見る頻度 |
|---|---|---|---|
| 新規商談数 | 期間内に作成された商談の件数 | 入口の量が足りているか。受注の先行指標 | 週次 |
| 受注率 | 受注件数 ÷(受注件数+失注件数) | 質の変化を捉える。担当・商材別に割ると原因が見える | 月次 |
| パイプライン金額 | 進行中商談の金額合計(フェーズ別) | 来月以降の着地を予測し、不足なら今週の行動を変える | 週次 |
| 活動量 | 訪問・架電・提案書提出などの件数 | 商談数が落ちたとき、量か質かを切り分ける | 週次 |
| リードタイム | 商談作成日から受注日までの平均日数 | 停滞案件を見つける。平均を大きく超えた案件は要介入 | 月次 |
| 担当別 実績・進捗 | 担当ごとの受注額・達成率・商談数 | 誰を支援し、誰の型を横展開するかを決める | 週次/月次 |
全部を載せる必要はない。むしろ載せてはいけない。判断基準は その数字が動いたとき、誰が何をするかが決まっているか の一点だ。決まっていない指標は、載せても眺めて終わる。KPIを「結果の管理」から「行動の設計」へ組み替える考え方は、別記事AI時代のKPIの考え方にまとめた。
Power BIでできること・無料版の範囲は?
Power BIはMicrosoftのBIツールで、ExcelやTeamsと同じ会社の製品だ。営業部長にとって重要なのは機能の多さではなく、「無料でどこまでできて、どこからお金がかかるか」の境目である。
| 段階 | 使うもの | 費用 | できること |
|---|---|---|---|
| ① 自分で作り、自分で見る | Power BI Desktop | 無料 | Excel/CSVなどを取り込み、指標の計算・グラフ化・レポート作成まで |
| ② チームに共有して見てもらう | Power BI Pro | 2,098円/ユーザー/月(年間契約) | クラウド上で共有し、ブラウザやTeamsから閲覧。データの定期更新も設定 |
| ③ 全社展開 | Fabric容量などの上位ライセンス | 要検討 | 大人数への配布や大量データ。ライセンス設計が必要 |
ポイントは①が無料なことだ。Desktopは無料で入手でき、Excelから取り込んで指標を計算し、グラフを並べたレポートを作るところまで費用ゼロで完結する。お金がかかるのは②、作ったレポートを部下や役員に共有して各自の画面で見てもらう段階からだ。Proは2,098円/ユーザー/月(年間契約)で、共有相手の人数分が基本。10人の営業部なら月2万円強で、部長が毎週費やす集計時間と比べれば安い。
接続元はExcelやCSVに加え、SFA/CRMや各種データベース向けにも用意されており、クラウド側に発行したレポートには定期更新を設定できる。DAXの学習コストが弱点とされるが、営業会議用の5指標に必要なDAXは数行で、後述するようにAIに書かせられる。詳細はPower BIのツール詳細ページにまとめている。
営業ダッシュボードはどう作るのか?【4ステップ・90分】
ここからは手順だ。4ステップ・合計90分で最初の一枚は完成する。先に、会議がどう変わるかを押さえておく。
| 場面 | Before:会議のたびにExcelで集計 | After:ダッシュボードが常時稼働 |
|---|---|---|
| 会議前日 | 各担当のExcelを回収し、部長が夜まで合算 | 更新は自動。変化点だけを確認 |
| 会議冒頭 | 数字の読み上げと確認で30分 | 同じ画面を見て3分で終わる |
| 議論 | 「この数字は正しいのか」で止まる | 「なぜ落ちたか」「誰が動かすか」に使う |
| 会議後 | 議事録に転記し、次回また作り直す | 転記も再集計も不要 |
Step 1:データの棚卸しと整形【所要時間:30分・初回のみ】
最初にやるのはPower BIの操作ではなく、元データの整備だ。品質はここで9割決まる。SFAのエクスポートや案件管理のExcelを 1行が1商談 の縦長の表に整える。列は、商談ID・顧客名・担当者・作成日・フェーズ・ステータス(進行中/受注/失注)・金額・受注予定日・受注または失注日・リード獲得元の10列。セル結合、月ごとに横へ増えるシート、途中の小計行、担当ごとの別ファイルは禁止だ。ステータスの値はプルダウンで固定し、「受注」「成約」「受注済」のような表記ゆれを元から断つ。
日付や氏名の表記統一にExcel関数が要るなら、自分で組まずAIに書かせる。手順はExcel関数をAIに書かせる方法にまとめた。月次の単発集計をAIに任せるなら売上集計をAIで片づける記事が使える。
Step 2:Power BI Desktopでデータを取り込む【所要時間:15分】
Power BI Desktopを入手して起動し、「データを取得」からExcelまたはCSVを選び、Step 1の表があるシートを指定して読み込む。SFAに直接つなげなくても、CSVを書き出して読み込めば十分だ。読み込む前に「データの変換」の画面で列の型を確認する。ここで使うPower Queryは、取り込むときにデータを整える機能だと理解しておけばよい。作成日や受注日は日付型、金額は数値型か。文字列のままだと、後で合計や日数の計算ができない。画面の名称はバージョンで多少変わるため、細部は画面の案内に従う。
Step 3:指標を5つ以内でビジュアル化【所要時間:30分】
推奨する配置は1画面で完結する型だ。上段にカード(数値のみの表示)を3枚、今月受注額・受注率・パイプライン金額。中段にフェーズ別パイプラインの横棒と担当別の棒グラフ、下段に月次推移の折れ線、右端に期間と担当を切り替えるスライサー(絞り込みのボタン)。これで5つの指標がひと目で入る。
ここで一つだけ覚える専門用語が メジャー だ。合計・件数・比率といった集計の計算式を指す。金額の合計や件数は、列をグラフに載せるだけで自動計算される。一方、受注率や平均日数のような割り算はDAXという式で1行書く。これは次章のプロンプトでAIに書かせればよい。円グラフは使わず、色は2〜3色に抑えて目標未達だけを赤にする。
Step 4:更新の自動化と共有【所要時間:15分】
Desktopで作ったレポートをクラウド側に発行し、定期更新を設定する。更新元のExcelは、手元のPCではなくOneDriveやSharePointなどの共有フォルダに置くのが定石だ。各担当が金曜17時までに元表を更新し、月曜朝には会議画面が最新になっている、という運用が組める。チームへの共有はProライセンスの範囲で、共有相手はブラウザやTeamsから閲覧できるため、招集メールに画面のURLを貼るだけでよい。元表の更新締切と担当、そして「数字が合わないときはダッシュボードでなく元表を疑う」という約束を決めておく。
AIに設計とDAXを手伝わせるプロンプトはどう書くのか?
作成のボトルネックは、「何を載せるか」の設計と、割り算系のメジャーを書くDAXの2か所だ。まずは指標設計。自社の営業プロセスを渡し、載せる指標とグラフの種類を提案させる。
あなたはB2B営業の管理とBIダッシュボード設計に詳しいコンサルタントだ。以下の営業プロセスをもとに、営業会議用ダッシュボードの設計案を作ってほしい。
# 自社の前提
- 商材と単価帯: 〔例: 製造業向け生産管理システム。1件300万〜1,500万円〕
- 営業プロセス: 〔例: リード獲得→初回訪問→提案→見積→受注。平均3〜6か月〕
- 営業体制と会議: 〔例: 営業8名+マネージャー1名。週次30分と月次60分〕
- 今困っていること: 〔例: 期末の案件不足に気づくのが遅い。数字の定義がばらばら〕
- 手元にあるデータ: 〔例: SFAから出力した商談一覧CSV(作成日・フェーズ・金額・担当・受注日)〕
# 出力してほしいもの
1. 載せる指標を最大5つ。各指標に定義(計算式)・見る目的・動いたときに誰が何をするか・週次か月次か
2. 各指標に適したグラフの種類と理由(カード・棒・折れ線・ファネルなど)
3. 最初の一枚には載せない方がよい指標を3つ、理由つきで
4. 手元のデータに不足している列があれば指摘
営業現場の判断に使える具体的な表現で書き、専門用語には短い補足をつけること。
出力された5つはそのまま採用せず、部内で一度読み合わせる。「動いたときに誰が何をするか」が空欄になる指標はその場で外す。決まった指標は、データ構造とやりたい計算を日本語で伝えてDAXにする。
あなたはPower BIのDAXに精通したデータアナリストだ。以下のデータ構造で、やりたい計算をDAXのメジャーとして書いてほしい。
# データ構造
- テーブル名: 〔例: 商談〕
- 列: 〔例: 商談ID/担当者/作成日(日付型)/フェーズ/ステータス(進行中・受注・失注)/金額(数値型)/受注日(日付型・未受注は空欄)〕
- 日付テーブル: 〔例: なし〕
# やりたい計算(日本語で)
〔例: ①受注率=受注件数÷(受注件数+失注件数)。進行中は除外。②今月の受注金額。③受注案件の作成日から受注日までの平均日数〕
# 出力の条件
1. 計算ごとにDAX式を1つ。メジャー名は日本語でよい
2. 各式の下に、何をしているかを1〜2行で説明
3. 分母がゼロの場合や空欄の扱いなど、注意点を明記
4. Excelで検算する方法を一言添える
5. 上記にない列や前提を使う場合は、その旨を明示する
AIに渡すのは列名と構造だけでよく、顧客名や金額の実データは不要だ。返ってきた式は10行程度のサンプルでExcelの手計算と突き合わせてから本番に載せ、エラーが出たらエラー文をそのまま貼り返す。この往復が、DAXの学習コストをほぼゼロにする。
会議で使い続けるための運用はどうするのか?
ダッシュボードの価値は、3か月後に見られているかで決まる。定着の運用は3つに絞る。
第一に、画面を見ながら会議をする。ダッシュボードそのものを映し、スライサーで担当や期間を切り替えながら話す。冒頭3分で確認を終え、残りを打ち手に使う。
第二に、数字の定義を揃える。商談とは何か、受注はどの時点か、金額は税抜か、失注は誰がいつ判定するか、フェーズを進める基準は何か。この5項目を1枚の定義書にまとめ、ダッシュボードの脇に置く。定義が揃わなければ、Excel手集計の論争を画面上で再現するだけだ。
第三に、週次で見る指標と月次で見る指標を分ける。毎週すべてを見ると、動きの小さい指標に反応して打ち手がぶれる。
| 見る頻度 | 見る指標 | 会議での問い |
|---|---|---|
| 週次(30分) | 新規商談数/活動量/フェーズ別パイプライン/停滞案件 | 今週、誰がどの案件を動かすか |
| 月次(60分) | 受注率/リードタイム/担当別達成率/パイプラインの充足度 | 来月の着地はどうか。どの型を横展開し、どこにテコ入れするか |
週次は行動の会議、月次は構造の会議だ。
Next Action:今日やる3つ
読み終えた今が動きどきだ。
- 今の会議で使っている集計Excelを開き、「1行が1商談」の表になっているかを確認する。なっていなければStep 1の10列で元表を作り直す。
- 1本目のプロンプトに自社の営業プロセスを差し込み、載せる指標5つの案を出させる。その定義を次の会議で部内に諮り、握る。
- Power BI Desktopを入手し、Step 2から3までを自分用に一度通す。まずは自分の会議で1回、画面を映して進めてみる。
集計に使っていた前夜の2時間は、打ち手を考える時間に変わる。会議を「確認の場」から「決める場」へ切り替える第一歩は、今日の元表づくりから始まる。


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